『マツ☆キヨ「ヘンな人」で生きる技術』(マツコ・デラックス、池田清彦)の感想

★★★
伯爵レグホン大佐 2014/06/22(Sun) 18:43

感想

本書はマツコ・デラックスと池田清彦の対談をまとめたものである。 対談の時期が東日本大震災の直後であったため、対談では震災についても触れている。 また情報化社会について話し合ったり、マイノリティについて話したりしている。

本書で言うマイノリティとは少数派のことらしい。マイノリティの反対はマジョリティ(多数派)らしい。 マツコ・デラックスは本書ではマイノリティ中のマイノリティという位置づけである。 超マイノリティであると本書では語られている。 分かりづらいのでドラゴンボールで例えると、スーパーサイヤ人を超えたスーパーサイヤ人、 つまりスーパーサイヤ人2ということである。

本書では、マイノリティと呼ばれる少数派は「変な人」という位置づけになっている。 あらすじに書いたように「変な人」で生きる技術というのは、「あいつは変な奴だから仕方がない」と思われるような人物になる技術らしい。 日頃から変な奴だと思われておけば、ある日突然、突拍子のないことをしても許されるということである。 普通の人がある日突然、わけのわからない行動をとると理解不能だが、最初から変な人だというイメージを持たれていれば、その行動も仕方がないことだと思われる。

ところで正直なことを書くと、私は本書を読んでも特に何の感想も思い浮かばなかった。 そのため、本書の感想を書くことはけっこう難しい。ただ読んだだけで終わって、何も感じなかった。何も頭に残っていない気がする。 芸人で以前「右から左に受け流す」という歌詞を歌っていたムーディ勝山という人がいた。 私は本書を読みはしたが、大体の内容は右から左に受け流されており、ほとんど頭に残っていなかったようである。

というよりも、対談をまとめた本というのは内容があるのか無いのかがよくわからない。 小説であればストーリーがあるので頭に残る。 新書は書いてあることに違和感や疑問があるものは頭に残る。 ただ対談本はどうなのか。

ところでこの対談は2011年に行われた。 それが2014年に文庫本になって、私はそれを読んだわけだが、2011年は3年前であり、ずいぶん古い本だと感じる。 3年前の対談を2014年に読んでも、情報が古すぎるのではないかと思う。 3年経てば本人の考え方は変わっているのではないだろうか。 じゃあ、2011年に単行本として出版されたものを買えよ、という話になるのだが、単行本は文庫より値段が高い上に無駄にサイズが大きく、電車などで読むのに適さない。 単行本は散々なものだと私は思っている。 だから私はよほど気になる本以外は単行本で買わない。

そろそろ本書の内容に戻るが、本書では「答えだけが知りたい人たち」について語られている。 自分の頭で考えずに、いきなり答えを知ろうとする人たちが増えているのだという。 例としてYahoo!知恵袋の「○○の答えを教えて」というものがあげられる。 これについてマツキヨは自分が何を信じれば良いかを知りたがっているのだと述べている。 そしてそれに依存する行為は宗教に近いと言う。 確かに、○○さんがこう答えたのでそうだ、という考え方は楽でいい。 実際、私も答えだけを知りたい性格なので、これについてはなんとも言い難い。

ちなみにYahoo!知恵袋は見ているだけでも結構、面白いので暇なときに見ていると時間つぶしになる。 ただ、そんなことに時間を費やすのもどうかと思うが、この読書感想文よりは面白いと思うので、この読書感想文を読むよりかは、そちらのほうが良いかもしれない。

ところで、あとがきにおいて澤口俊之も語っているが、誰だって変人だと私は思う。 マジョリティだの、マイノリティだの、超マイノリティだの言っているが、そもそもマイノリティの強さが違うだけで、人は誰でも何かおかしいところがあると思う。 簡単にいうと人の好き嫌いだってマイノリティであるし、好きな色や物、趣味、それらはマイノリティというのかどうかは知らないが、人は誰でも違いがあるし、どこかおかしい。そのおかしな部分を何のためらいもなく見せることができる人と、隠している人、それが目立たない人など、いろいろな人がいるのだと思う。


管理人の注釈。誰だっておかしいとは、今ではよく聞くありきたりな言葉だと思いますが、その言葉が使われるのはたいてい困っている人に対してなので良くない言葉になってきていると思います。誰でも何かしら困っていることがあるのだからお前も我慢しろと、相手を黙らせるために使われる言葉になってきていると思います。また、みんな誰だっておかしいなどと言ってしまう普通の人たちが言うおかしさは、本当におかしい人のおかしさとは、たぶん中身が違うと思います。


ちなみに澤口俊之はあとがきで本書をべた褒めしているが、本当にそう思っているのか? と疑問に思う。 澤口俊之にとってはこの本はとても面白い本であるらしい。

そいうわけで、本書を読んでとても面白いと感じる人が澤口俊之の感性に近いかどうかは分からないが、あの澤口俊之が面白いと言っていた本を読んでそれを面白いと思った私は、澤口俊之の感性に近いのだと思えなくもない。 それが良いことか悪いことかはよくわからないが、まあ、分かり合えるということは良いことではないかと思う。

おわり。

思ったこと

  • こんな文章は人前に出したくないと思う最近の私の読書感想文。というより小学生以来、大人になった今でも文章がまずくて人前に出したくないと思うことがよくある。
  • 私は中学生のときに夏休みの宿題で新聞の社説の模写とその社説の感想文を10部くらい書かされた。けれども読んだ社説の内容は1つも覚えていない。なぜなのか。

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