織田家開幕2か月で鳴海城主を調略して尾張を統一する方法。美濃3城や南近江2城、摂津1城も含めてひと月に7城落とします。

おおまかな説明

最初の1か月で、調略の主命を受けられる侍大将以上の身分になりつつ、他家の武将と交戦してお金を貯め、2か月目に尾張の国の今川家の鳴海城主(岡部元信)に贈り物をして織田家開幕2か月で尾張を統一します。そのついでに美濃3城や南近江2城、摂津1城も落そうと思えば落とせます。

織田家プレイで尾張の国の今川家の鳴海城主を調略するためには贈り物が必要です。私は弁舌1の技能を付けて事前に面会で話を聞きながら南蛮酒2本、銘酒3本、どぶろく1本の贈り物をした後で、堺の町で買える長船小太刀(価値5の武器)、近江物脇差(価値5の武器)、国光作短刀(価値5の武器)の贈り物を一度にいっぺんに行うと調略に成功したことがあります。弁舌1の技能を付けていない場合はこれと同じことをしても調略に失敗しています。

もっと価値の低い武器や安い酒でも調略に成功するかもしれませんが、そこまでは調べていないので分からないため、とりあえずこの条件を満たして織田家のゲーム開始時から2回目の評定月(1560年7月)に尾張の国の今川家の鳴海城主を調略することを目標に話を進めます。

※ 後日、柴田勝家プレイで価値の合計が14でも、酒は全部どぶろくでも調略に成功することが判明しました。

ゲーム開始時の初期能力の設定

※ 後日、調略の主命を受けるためには外交の能力が必要であること、魅力が低いと(たとえば柴田勝家で魅力30台、弁舌1だと)親密度が上がりにくく調略に失敗することが判明しました。外交はここに書いてあるよりも低めにしても良いと思います。そして魅力は高めにしておいたほうが良いと思います。私は魅力71で鳴海城主の調略に成功したことがあります。

木下藤吉郎プレイのゲーム開始時の初期能力は次のようにします。剣術1か2、外交100、残りのポイントは全部魅力に入れます。もし個人戦に慣れているなら剣術は1にしてもっと魅力を上げ、残りは全部武力にポイントを割り振ったり、最初から弁舌1を付けたりしておくと良いかもしれません。

弁舌1は、身分が侍大将以上の木下藤吉郎なら、酒場で1貫で買えるどぶろくを那古屋城主の林通勝に渡せば3日で教えてくれるのでそちらを利用することもできます。

剣術は他家の武将と交戦してお金を入手しやすくするために付けます。個人戦が得意なら剣術1で良いです。外交は評定で調略の主命を受けるために必要です。魅力は鳴海城主との親密度を上げたり、アイテムを値切って買ったりするために必要です。

ゲーム中の行動

信頼度1500の稼ぎ方

外交100、魅力100の木下藤吉郎が、最初の評定から1か月の間に鉄砲購入を3回行い、毎回、南蛮商店で値切って平均750丁(信頼度400増)以上の鉄砲を買うと信頼度が1500以上になり侍大将になります。

侍大将になる一例
この場合、信頼度1522で侍大将
初期信頼度100
評定・鉄砲購入(760丁)+402
競争勝利ボーナス+200
内謁・鉄砲購入(770丁)+404
内謁・鉄砲購入(830丁)+416

南蛮商店を利用するために京の町で「フロイスの紹介状」を1日で入手します。フロイスの紹介状は南蛮寺で1貫ずつの寄付を13回繰り返した後に奉仕活動を1回行うと1日で手に入ります。お金は金庫のお金を引き出すか新武将なら無銘脇差を売却することで作れます。鉄砲購入のために堺の町に向かう際に京の町を通るので、フロイスの紹介状は鉄砲購入の主命を受けてから入手したほうが日数の節約になると思います。

清洲城から堺の町に移動する際は、堺の町を行き先に指定して移動する(奈良の町の近くを通る)よりも、京の町を経由して堺の町に移動するほうが早く移動できます。

内謁から仕事願いができるのは20日までです。また、前回の主命成果報告日の次の日以降でないと内謁そのものが成功しないため、1回目の内謁で行う鉄砲購入は19日までに主命成果報告を行う必要があります。2回目の内謁で行う鉄砲購入は翌月に少々ずれ込んでも大丈夫です。評定は毎月1~5日に開かれるためです。

評定の競争相手や自分の鉄砲購入数が多すぎると、内謁2回目の鉄砲購入を受けられないことがあるので注意が必要です。鉄砲購入や軍馬購入の主命は、砲数や馬数が大名居城の兵数を超えると受けられなくなります。

主命成果報告時にもらう褒美は1回目は小粒金、あとはお金が理想です。1回目の褒美は小粒金か金50貫のどちらかですが、小粒金は商家で売る際に「否」を選べば41貫で売れ、小粒金を売ると商家との親密度がアップして武器の値段が少しだけ安くなるため、1回目の褒美はわずかに小粒金のほうが得なのです。

アイテムの購入先や価格

※ 後日、柴田勝家プレイで価値の合計が14でも、酒は全部どぶろくでも調略に成功することが判明しました。

所在地商家名価値アイテム名価格小粒金売却後
堺の町納屋価値5長船小太刀360貫→324貫354貫→318貫
価値5近江物脇差240貫→216貫236貫→212貫
天王寺屋価値4菊池槍280貫→252貫275貫→247貫
価値5国光作短刀280貫→252貫275貫→247貫
酒屋南蛮酒10貫
銘酒5貫
どぶろく1貫

矢印の先は購入時に「否」で値切ったときの価格です。仮に小粒金を売らずに価値の合計が15になるように武器を買うとすると792貫かかります。これに酒代(南蛮酒2本、銘酒3本、どぶろく2本(うち1本は林通勝に渡して弁舌1を教えてもらう))を含めると829貫かかります。

これだけのお金を主命成果報告時にもらえるお金やアイテムの売却、主君からもらえる知行(5月足軽頭1貫、6月侍大将30貫)、そして次に紹介する他家の武将との交戦で入手しなければなりません。

お金の貯め方

外交関係の悪い大名家の居城がある国の町の酒場でその大名家に属する武将に話しかけるとランダムで交戦が始まります。酒場で話しかけて交戦した後、自分も町の外に出ると、すぐそこに先ほどの交戦相手がいるため、再び同じ相手と戦うことができます。酒場での交戦中に相手の体力が少なくなり相手が逃げ出したときも、町の外に出れば先ほどの交戦相手がすぐそばにいるので再び交戦できます。町の外で交戦した相手は、そのまま外で待っていると次の日にまた近くの町から出てくるため、やはり何度でも交戦することが可能です。

織田家の外交関係と部将以上の武将の数
交戦今川家(町2名)、斎藤家
絶好北畠家(町1名)、朝倉家(町2名)
険悪六角家(町1名)
敵視三好家(戦えない)

個人的にはまず朝倉家(敦賀の町)、次いで六角家(目加田の町)の武将を狙うことが多いです。今川家(駿府の町)は場所が遠いです。

井ノ口の町にいる斎藤家の武将は落とすお金が少ないので相手にしないほうが良いです。交戦するなら身分が部将以上の相手が良いです。そのため、斎藤家の武将でも道ばたを歩いている長井利道(家老)ならおすすめです。六角家の身分が高い武将も良いです。ただし、ゲーム最序盤にこれらの武将がフィールド上を歩いている姿を私は見たことがないので、最初は酒場から始める交戦ループをおすすめします。

おすすめの交戦武将
朝倉景連(敦賀の町。服は青)70貫台
朝倉景健(敦賀の町。服は善住坊)50貫台
三雲定持(目加田の町)50貫台
鳥屋尾満栄(津の町)50貫台
高山友照(松永家)70貫台

敦賀の町には医療所があるため、交戦して減った体力をすぐに回復させることができます。ただし、敦賀の町の酒場には真柄直隆、真柄直澄という個人戦に強い武将(服はどちらも青)が2人おり、彼らに出会ってしまうとかなり苦戦します。なんなら負けて命乞いをすることになります。

交戦相手からお金で命乞いをされるのはたぶん2回くらいまでだと思います。交戦後に相手を斬ると必ずお金が手に入るため、相手がお金を渡さなくなったら斬ることをおすすめします。ただし、相手を斬ると自分の魅力が下がります。魅力が下がりすぎると鳴海城主との親密度の上がり方が悪くて調略に失敗することがあるので注意が必要です。配下を同行者にして配下にとどめを刺させると自分の魅力が下がるのを防げます(配下の魅力が下がります)。

城主に対して効果のある説得方法

調略の主命を受けたときは、調略対象の大名家の武将を調略する前なら、調略対象外の他家の武将も引き抜けます。そのため、今川家の調略の主命を受けているなら、今川家以外の他家のお城も落とすことが可能です。ただし、他家の武将をいくら引き抜いても信頼度は増えません。

木下藤吉郎で城主を引き抜く際の選択肢
今川家鳴海城(岡部元信)贈り物が必要
斎藤家大垣城(氏家卜全)不安をあおる
北方城(安藤守就)脅迫する
曾根城(稲葉一鉄)不安をあおる
六角家朽木谷城(朽木元網)脅迫する
日野城(蒲生賢秀)不安をあおる
北畠家鳥羽城(九鬼嘉隆)脅迫する
伊勢亀山城(関盛信)---
三好家茨木城(荒木村重)脅迫する
伊丹城(伊丹親興)---
高屋城(三好笑岩)---
本願寺家大野城(下間頼照)---
浅井家佐和山城(磯野員昌)---
武田家木曾福島城(木曽義昌)脅迫する
小諸城(楽巌寺雅方)脅迫する
高遠城(保科正俊)---
上杉家飯山城(高梨政頼)---

※ 武田家、上杉家の城主は後日判明分で、木下藤吉郎でゲーム開始後2回目の評定月に引き抜けるかどうかは不明です。

曾根城(稲葉一鉄)、北方城(安藤守就)、朽木谷城(朽木元網)、茨木城(荒木村重)は1560年7月(ゲーム開始2回目の評定月)にすでに引き抜けます。この4人のうち誰か1人を引き抜けば、同じ月に大垣城(氏家卜全)も落とせます。自家のお城の数を増やせば日野城(蒲生賢秀)も反応が変化して7月に落ちます。

三好家の茨木城(荒木村重)を落とせば三好家との外交関係が敵視から険悪に変化して三好家の武将とも酒場から戦えるようになります。三好家は石山の町に部将が2人いるので(岩成友道、三好政康の2人)、外交関係を悪化させることができるなら悪化させたい大名家なのです。

その後の織田家の評定の様子

1560年8月(ゲーム開始後3回目)の評定ではまだ合戦はしないようです。8月から9月にかけて墨俣一夜城のイベントが発生・経過し、9月中に義輝討ち死に、半兵衛調略のイベントが立て続けに起こります。1560年10月の評定では斎藤家の岩村城に出陣して城を落としました。しかし、その翌月の1560年11月の評定はまた内政です。

翌年の1561年1月には清洲城の兵数が稲葉山城の兵数を超えましたが、まだ合戦はしないようでした。自家のお城が攻められていても、評定では「援軍を出せる状況ではない」と言って援軍を出そうとしません。そのため、調略で落とした美濃の国のお城や荒木村重が城主の茨木城は、斎藤家や三好家に攻められて落とされることがあります。1561年2月には稲葉山城を攻めました。