徳川家に仕官してみての感想

徳川家の感想

今川家の情報収集で信頼度+560される。鳴海城も今川家なのは忘れやすい。今川家の情報収集×3を繰り返すと1560年9月以内に部将になる。ただし、情報収集ではあっぱれな成果は出せない。他の主命であっぱれな成果を出すとアイテムではなくお金をもらえる。

自分以外の徳川家の武将はたぶん徳川家が合戦をし始める前は信頼度が増えない。たとえば部将の石川数正、酒井忠次は信頼度5000のままで増えていなかった。他の武将も下二桁が00の切りが良い数字で止まっていたのでたぶん信頼度が増えていないと思う。

良い陣形を使える武将がいないので合戦では陣形に頼れない。5備で出撃するようになると自分の組に陣形持ち武将を入れることができず横陣で戦うことになる。合戦で2回攻撃する武将がいた。たとえば大久保忠世は騎馬のときに2回攻撃した。

今川家のお城が深沢城1つのときに主城4(岡崎城、浜松城、駿府城の3つと備中高松城or川越城のどちらか1つ)、直轄8(三河3城、遠江3城、駿河2城)を満たして城主になれる。遠江の二俣城主になれた。今川家のお城が深沢城1つのときは、10月生まれ新武将で今川家の葛山氏元を不安をあおる1発で調略できた。

今川家滅亡後(三遠駿統一時)に城主になるなら駿府の深沢城主になれた。

今川家を滅ぼした後は武田家を攻めるが、甲斐の下山城から攻めるケースもあれば信濃の飯田城から攻めるケースもある。